2018年01月29日

第70話「認知症サポーター」

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遠距離介護者としてKAIGO生活をはじめて以来、KAIGOに関連する文言に敏感になっている自分に気付く。
今回は区のウェブサイトで「区のお知らせ」PDFを見ていて、『認知症サポーター養成講座』という文字が目に飛び込んできた。
認知症サポーター養成講座?
略してニンサヨウ?
いや、なんでも略称にする傾向にあるKAIGO業界だが、そんな略し方はない。
内容を読み込んでみると、認知症サポーターとは、「認知症を理解し、地域で自分なりにできることを実践する人」のことのようだ。
さっそく申し込もうと、登録フォームを探したが見つからない。
介護関連での諸手続きでありがちなのが、ハガキか電話のみ対応というものだが、今回は電話だった。
電話をかけるのも面倒だが、受けるほうも毎回同じ問答を繰り返し、面倒だと思うのだがどうなんだろうか。
しかたないので、電話口で名前と年齢を言ったら、後は当日会場に来るだけでいいとのこと。こんなことなら当日先着順でいいんじゃないかとも思う。
当日、会場に行って受付で名前を名乗ると、申し込み時の電話での聞き間違いで、正しい名前で登録されていなかったが、まぁいいやとそのまま会場に入ったのだった。
けっこう広い会場に参加者はまばらで、やっぱり電話予約なんか不必要で当日直接参加でよかったんじゃないだろうか。
肝心の認知症サポーター養成講座は、机の上に配布された小冊子を教科書にして、90分程度で講師の講義と参考DVDを見るものだった。この小冊子が紙質も印刷もお金がかかってる感じで、こんなことに予算を使うのなら、もっと介護保険料を安くしてくれよと、ちょっと見当違いのグチをココロの中でつぶやく。
DVDのほうは、認知症サポーターのとるべき対応法を寸劇で見せてくれる内容なのだが、このDVDの雰囲気が何かに似ているなぁ、と思って考えたらハタと気がついた。それは運転免許更新時に見せられる交通事故関連の啓蒙DVDのような感じなのだ。
あえて内容については語らない。
つまり、これだけを見ても、あまり役には立たない。
そんなこんなで無事に講座を修了して、帰り際にオレンジリングなるものを手渡された。
べつに記念のお土産というわけではなく、「これを手首に装着して街に出て、サポーターとして活動してね」といった意味合いらしい。
しかし、今までそんな人を見かけたことがないのだが、果たしてどのくらい世の中に浸透しているのだろうか。
ボク自身、その後まだ一度もオレンジリングを腕につけて出かけたことはない。
第71話につづく
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2018年01月22日

第69話「探し物はなんですか」

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これまでの三回にわたる遠距離介護ツアーで実家に滞在して、いちばん目にした光景は、母チコちゃん(86歳)が何か探し物をしている図だ。
あれだけ探しまわっているんだから、たぶんそれは見つけにくいものなんだろう。イノウエヨースイにきいても、クリタヒロミにきいても見つからないだろう。もちろん父ハム夫くん(92歳)にきいてもわからない。
机の中やカバンの中を探しても見つからないようだ。そもそもカバン自体が見つからないことがしょっちゅうある。
カバンの中には家の鍵が入っているのだが、時によってはカバンはあっても鍵だけが見つからない時もある。
これはなんとかせねばいかんの〜と、遠距離介護ツアーから帰ってきて、Amazonで発見したのがキーファインダーなるもの。
なくしては困る鍵などに受信機キーホルダーを装着しておき、キーファインダー本体送信機スイッチを押すとピーピーと音がして、アッというまに探し物がみつかるというモノだ。
さっそく注文して、家に届いたのでテストしてみたところ、家の中なら充分聞こえる音量で、ちがう部屋からでもしっかり反応することがわかった。説明書によると最大で40メートル離れていても大丈夫だそうだ。
ウムウム、これは次の第四次遠距離介護ツアー時に持参すれば、いい働きをしそうだわいと思っていたら、iPhoneの着信音がした。
それは父ハム夫くん(92歳)と母チコちゃん(86歳)が契約している介護事業所スタッフからのものだった。
介護事業所スタッフの「お母様が今お出かけされようとしたら、家の鍵がないとおっしゃってますが…」という報告に、思わず絶句する。
こんなことなら前回の第三次遠距離介護ツアー時にキーファインダー導入をしておけばよかった。
次は、こうしようああしようと思う前に、すぐ実行しなければダメなことを学ぶ遠距離介護者だった。
第70話につづく
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2018年01月15日

第68話「介護施設見学」

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第三次遠距離介護ツアーから帰京して一ヶ月、やっと疲れもとれてきた。
現在契約している介護事業所のスタッフから渡されたリーフレットをジッと見ている。
系列のグループホーム、ケアハウス、特別養護老人ホーム等の写真が掲載されたシンプルな内容である。
まだ施設云々は先の事と考えていたが、とりあえず申し込みだけでもいかかがですかとの勧誘を受けたのだ。
料金などの詳細データの説明はない。
この事業所のウェブサイトを見ても、リーフレットと同じ内容でこちらが知りたい情報は得られない。
こんな時、現場近くにいない遠距離介護者はもどかしい。
幸いな事にウチの場合は、父ハム夫くん(92歳)と母チコちゃん(86歳)が二人で暮らすH県M市からクルマで約1時間の所に妹U子が住んでいる。
「すまぬが時間のある時にでも施設見学に行ってくれんかの〜」とLINEで妹にメッセージを送る。
さっそく次の休みの日に行ってくれることになった。
しかも今回は頼もしい助っ人がいる。妹U子の連れ合いのR君だ。
R君は介護の経験もあり施設利用経験もあるので、このようなミッションにはピッタリなのである。
介護者と被介護者の実態を把握するには、施設見学はお昼時がいいんですよ」と実体験者ならではのアドバイスをいただく。
これならボクが見学に行くより256倍は頼りになりそうである。
介護施設見学の当日、すっかり安心してU子夫婦の連絡を待つのだった。
その結果報告によると、見学した施設は丁寧な介助だが規定人数ギリギリの運営のようであるとのことだった。
悪くはないが、現在父母が住む実家からクルマで30分と、少し遠いのはマイナス点である。
U子夫婦は、次週も別の施設見学にも行ってくれることになり、おまかせすることにした。ボクとちがって昔から行動力のある妹だったが、このような場合にも素早く対応してくれるので、口先だけで実行力のない兄は感謝するしかない。
遠距離介護者としてもなんらかの活動をせねばとも思うが、何も思いつかない。
そこに登場するのが妻の友人で介護施設勤務をしているFさん。妻によると、近々ランチを共にするとのことなので、さっそく「何か情報をとってくるべし!」とえらそーに」指令を出すのであった。
帰宅した妻の報告によると「株式会社が運営の施設はあまりオススメできないんだってさ」というものだった。全ての株式会社運営が悪いわけではないだろうが、なんとなくわかるような気もする。
株式会社運営の施設でいい面もある。
それは、運営サイトに比較的情報がたくさん掲載されていることだ。そのぶんお金もかけているのだろうが、スタッフブログが何年も更新されていないような施設のサイトよりはマシなような気もする。
そんなこんなで、いつかはやって来るであろう施設選びに思いを馳せる日々が続く。
第69話につづく
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2018年01月08日

第67話「略称だらけの介護施設」

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遠距離介護者の活動は、日頃の地道な活動も重要である。
具体的にはいろいろな情報収集だ。
今回は遠距離介護NPOの主催するセミナーにやってきた。
ズバリ本日のセミナーのテーマは「施設選び」。
パネラーは介護体験者や専門家で、実体験をまじえての貴重な内容である。
やはり一番記憶に残ったのは、親の施設介護を選択した参加者のお話だ。
介護する方、される方、様々な場合が考えられるので、これなら大丈夫という方程式はないとうことがわかっただけでも、とてもタメになったのだった。
ただ、例によって業界用語というか、略称が多くて最初は意味がよくわからなかったので、忘れないうちに列記しておこう。
●ショータキ
漢字でだと小多機、といっても意味不明だが、略さないと小規模多機能。
●サコージュー
沙悟浄ではなくて、サ高住。これもこのままでは意味不明。フルネームはサービス付き高齢者住宅
ローケン
ショーケンではなく、老健。介護老人保健施設というものだ。
その他では、ケアハウスも二種類あるのがわかったが、具体的にはよくわからない。
事ほど左様に、まだまだわからないことが多いが、いずれ施設を選ぶ決断の時はやってくるから、その心構えだけはしておこうと思えるようになっただけでも、このセミナーにやってきた意義はあったというものだ。
そうそう、介護サービス情報公表システムで施設の情報を得るのも良いとのお話もあった。さっそくいくつか検索して、施設のウェブサイトをリサーチしてみたが、チラシをそのまま貼付けたような内容の所が多くてあまりいい印象は持てなかった。それと連絡方法が電話かFAXだけというのがとても多いのには驚いた。事業所のブログも何年も更新されていないものが多いし、この業界のIT化の遅れが気になる。
てなことを考えながら、ビルの10階であったセミナー会場を出たらエレベータが満員だったので階段を下って行った。ところがこのビル、各階とも天井が高く、階段数もかなり多い。ふだんは10階くらいなら平気なのだが、だんだんヒザがガクガクしてきて、1階に着いた頃には平参平状態になっていた。
ココロの中で「ア〜ホ〜」と叫びながら、自分の加齢を実感したのだった。
第68話につづく
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2018年01月01日

第66話「春よこい♪」

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2018年あけましておめでとうございます。
って誰にいってるんでしょうかね、よくわかりませんが、新しい年になりました。
H県M市で暮らす父ハム夫くん(92歳)と母チコちゃん(86歳)もコタツで丸くなっていることでしょう。
冬といえばコタツですが、コレに関してボクは、先の第三次遠距離介護ツアーでH市滞在時に大きなミスをしてしまったのであります。
それは第三次遠距離介護ツアーも終盤にさしかかりそろそろ撤収の日程を考え始めた秋の夕方のこと。
母チコちゃん(86歳)が「去年の今頃はもうコタツをだしとったわ」とポツリともらした。
その頃はまだ秋にしては暖かく、母チコちゃんの言葉に接して、そろそろそんな季節になるんだなァとぼんやり夕焼け空を眺めていたボクは大馬鹿者でした。
数日後、第三次遠距離介護ツアーを終えてボクは帰京した。
その日の翌日あたりから全国的に冬めいてきたのにボクは何も気付いていなかった。
その週の週末に、父ハム夫くん(92歳)と母チコちゃん(86歳)が暮らす実家からクルマで1時間のところにいる妹U子が二人の様子を見に行き、衝撃の報告をしてきた。
なんと、すっかり気候は冬になっているのに、実家では暖房器具を何も用意していなかったのだ。いや実際は、用意していないのではなく、用意する事ができなくなっていたのだ。
第三次遠距離介護ツアーで滞在していた時に、掃除機や布団乾燥機などの電気製品がうまく使えなくなった事に気付いていたのに、コタツのことまで頭がまわらなかったのが悔やまれる。あの時、ちょっと早いけどコタツを出しておけばよかった。
妹U子が家中探してコタツをいくつか見つけたが、接続するコードが見当たらず、またまた家中大探ししてコードを1本見つけ、なんとかセッティングは完了したらしい。もう灯油ストーブは危ないので電気ストーブも出しておいたとのことだ。エアコンのリモコンは二人とも使えるので、こっちは大丈夫…と思ったらリモコンを母チコちゃん(86歳)がどこかに置いて忘れてしまいまたまた家中大探しなのだった。最近の母チコちゃん(86歳)の思考パターンだと、何でもモノがなくなったら、父ハム夫くん(92歳)が隠したという流れになるのだが、今回もそのように妹U子に訴えていたようだ。
しかしリモコンは母の居室に行く階段に置いてあるのが発見されたのであった。例によって自分で置いた事を忘れているのだ。
母チコちゃん(86歳)は、去年まで使っていた灯油ストーブのことも忘れていないようで「やっぱり灯油ストーブを出さんとね」と言っている。これまでのストーブと灯油ポリタンクは既に妹U子が処分したのだが、ないと知ったら新品を買う可能性はある。お店に行って店員さんと会話する程度なら、誰も変だとは気付かないレベルなので、購入する可能性は高い。
心配である。
まだまだ冬は続くが、暖房のいらない春が早く来ないかと、春よこいのメロディを口ずさむ。
あっ、童謡ではなく、はっぴいえんどデス。
(つづく)
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2017年12月29日

第65話「ウクレレライブと介護認定」

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第三次遠距離介護ツアーにはウクレレを持参した。
介護ツアーを終了して帰京後に、ちょっとした会合でウクレレを演奏する予定があったからだ。これに備えて実家で介護生活を送りながら、ウクレレの練習もしようと思い、楽譜もスキャンしてMacBook Proに入れて持って行ったのだ。
しかし介護ツアー中に一度もウクレレに触れる事はなかった。
もちろん、24時間ず〜っと父ハム夫くん(92歳)と母チコちゃん(86歳)と向き合っているわけではないから、ウクレレを触る時間はある。
しかし、ひとつ屋根の下に2週間もダブルボケボケコンビと一緒に暮らしていたら精神的に疲れてしまい、とてもウクレレをポロン♪と奏でる元気は出ないのだ。
そんなこんなで介護ツアー中は全く練習せず、帰京後に当日会場で相棒と落ち合いぶっつけ本番になってしまった。
会場では、このブログ『KAIGO日和』を見てくださっている人にもお会い出来、とりあえず100話まで続けて書籍化だ〜っと盛り上がり、リラックスして演奏にのぞんだせいか、後日録音した音源を聴いたらそれほどひどい出来でもなかったのでひと安心した。まさに自画自賛というか、自音自賛のウクレリアンである。
音源には入っていなかったが、演奏中に胸ポケットに入れていたiPhone SEが着信していたようで、着信履歴をみたら介護事業所のケアマネさんからだった。
何かあったのかと折り返し連絡したら、母チコちゃん(86歳)の要介護認定区分変更決定のお知らせで、結果は要支援1からまさかの要介護2になっていた。
ちなみに認定結果は、要支援1から要支援2、要介護1から要介護5まで順に重い度合いになっていく。
今までは要支援1の母チコちゃん(86歳)が要介護1の父ハム夫くん(92歳)の面倒をみていたのだが、これからは要介護2の母が要介護1の父の面倒をみるという逆転した構図になる。ケアマネさんも区分変更後は要介護1程度と思われていたようで、お互いに驚きの感想を述べあう。
きくところによると、その時の介護認定審査会のメンバー構成によっても、判断は大きく変わるそうだから、こんなこともあるんだろう。ホント、この介護ってやつは毎度予想外の展開でビックリすることが多い。ノンキにウクレレを弾いてる場合じゃないね。
てなわけで、もうすぐ新しい年が明けて、遠距離KAIGO生活も足かけ2年目を迎える。
全国の遠距離介護者の皆さん、よいお年を!
(つづく)
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2017年12月25日

第64話「母からの玉手箱」

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第三次遠距離介護ツアーから帰ろうと、父ハム夫くん(92歳)と母チコちゃん(86歳)が住む実家を出ようとしたら、母チコちゃんから手のひらにのるくらいのサイズの小箱を手渡された。
帰る間際に謎の小箱だなんて、まるで玉手箱だ。
母チコちゃん(86歳)の説明によると、ボクを産んだ時のヘソの緒が入っているという。
へ〜そ〜」と心の中でつぶやいてみる。
普通、ヘソの緒は桐の箱に入っているものだと思うが、それは化粧品の箱のようで、メーカーのロゴが印字された紙の箱だ。蓋をあけてみると中には茶封筒が折り畳まれている。なんだか意味不明だが、この中にヘソの緒が入っているらしい。
さらに母チコちゃん(86歳)が言うには「アンタのヘソの緒はあったが妹U子のはなかった」そうだ。
どういう意味合いなのかよくわからないが、一刻も早く実家を脱出したいので、とにかく受け取ってポケットに入れる。折からやってきたタクシーに乗り込む。
車内でフーッとため息をついて、今のやりとりは何だったか考えようとしたら、タクシーの運転手さんが話しかける。
話好きそうなオバちゃん運転手だ。
「今のはご両親?おいくつですか?」ときいてくるので、考えるのをやめて答える。
運転手さんは「92歳まできたら100歳までは大丈夫よアハハハ〜」と前を見ないで後部座席を振り返って話し続けるのだった。なんでもこの運転手さんは以前介護施設に勤務していてお年寄りを一杯見てきたので長生きする人のことはわかるんだそうだ。
ふ〜む、100歳と言うとあと8年か…と考えていたら駅に着いた。
JRの車内で再び考える。
そういえば今回の第三次遠距離介護ツアー中に、母チコちゃんが子どもだった頃の古いアルバムも見せられた。
ヘソの緒といい、古いアルバムといい、過去のものを処分し始めているのだろうか。それとも、物忘れが激しくなって家中をしょっちゅう何かを探してまわっているので、その時にたまたま見つけたものなのか、真相はわからない。
いまや時間を超越したような両親だが、時間の波の中で溺れかけているような気もする。
帰宅後あけてみた封筒の中には、漢方薬のような黒いモノが入っていた。たぶんボクのヘソの緒なんだろう。
で、これをどーしろっつーの!
第65話につづく
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2017年12月22日

第63話「第三次遠距離介護ツアー帰宅編」

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介護しに来たのに、自分のほうが介護されそうな体調になってきたので、父ハム夫くん(92歳)と母チコちゃん(86歳)が住む実家を緊急脱出した。
しかし、ここで踏ん張るのが遠距離介護者なのだ。
せっかくはるばるやって来たんだからこのまま直帰はもったいない。どこかで途中下車して、何か記念になることがしたいではないか。
本当はもう数日滞在した後、帰路にH市で途中下車して、寒空はだか師匠のライブを楽しむつもりだったのだが、今の体調ではそれは無理だ。
そのかわりにといってはアレだが、新幹線に乗り換えるH駅で途中下車し、スターバックスでH県限定のタンブラーをゲットした。これは妻へのお土産だ。しかもそれだけでなく翌週に迫った誕生日プレゼントにもしようというのである。
掛け値なしにささやかなイベントである。
新幹線の時刻が迫っているのでスタバ店内には入らず支払いをしてそのまま出ようとすると、レジで長〜いレシートが出てきた。正式名称は知らないが、レシートに記載されているサイトでアンケートに答えると飲み物が1杯無料になるプレゼントだ。以前にもどこかの店で出た事があるが、それ以来数年ぶりだ。急いでいるのに、店員さんが説明を始めるので、わかりましたと返事をして新幹線ホームに急ぐ。
階段を上りながら「今回もいろいろあった遠距離介護ツアーだったけど最後にいいことがあったなァ」としみじみ思うのだった。
なんてささやかな喜びなんだろうか!
こうして、なんとか途中で倒れる事もなく、帰宅して妻にお土産のH県限定タンブラーを渡す。予想通りあまり嬉しそうな顔はしないが、ボクの顔を見ながら「ずいぶんやつれたね〜」と労いの言葉をかけてくれる。浴室の鏡で確認したら確かにゲッソリしている。
実家では、父ハム夫くん(92歳)と母チコちゃん(86歳)が入浴しなくなっていたので、ボクもそれにひきづられシャワーでごまかしていたが、久しぶりに我が家の浴槽につかり暖まるのだった。
風呂上がりに体重計にのったら、体重は2週間前の遠距離介護出発時とほとんど変化していなかったが、体脂肪が3%、内蔵脂肪が2%落ちていた。体の芯に疲れがきていたんだろう。
さて、明日からまた机に向かってマンガを描く生活に戻るのだが、完全に元のペースに復帰するのは2週間くらいかかりそうである。
あ〜疲れた。
第64話につづく
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2017年12月18日

第62話「第三次遠距離介護ツアー撤収」

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第三次遠距離介護ツアーもあと数日、母チコちゃん(86歳)の、古そうな調味料で味付けした夕食をおびえながら食べるのもあと数回、と思いつつ夕食の席で箸を動かしていたら、眼前にヌッと出されたのが、猫クンのウンコ。
母チコちゃん(86歳)が嬉しそうに「こんなにたくさん出しとるわ」と見せてくれる。母チコちゃん(86歳)はなぜか、猫クンのウンコに始終注目していて、人間が食事中でもそれを最優先させるのだ。
ボクはいっぺんに食欲がなくなり、食器を片付けるのだった。
その夜。
大量の寝汗をかいて目が覚めた。あわてて着替えて眠るも、しばらくするとまた大量の汗で目が覚める。これを何回か繰り返しているうちに着替えがなくなってきた。
熱はないようだが寒気がして、体調はますます悪くなっている。なんとか今回の遠距離介護ツアーの最低限やるべきことは達成したので、気が抜けてドッと疲れが出たようだ。
父ハム夫くん(92歳)と母チコちゃん(86歳)の、つじつまの合わないダブルボケボケ攻撃をステレオで朝から晩まで浴びるのは、二週間が限度かもしれない。
あと3日はここに留まるつもりだったが、このままでは寝込んでしまいそうだ。
両親の介護をしに来たのに、これでは自分が介護される側になってしまう。
暗い部屋のラジオからは深夜放送が流れる。天気予報では台風が近付いているらしい。
今は決断の時だ。
決断3秒ルールで、1、2、3!
よし撤収開始だ!
朝になったらすぐに帰京しよう!
途中で倒れそうな気もするが死ぬ気になって我が家までたどりつくぞ!
こうなったら寝てる場合じゃない、すぐにコタツの上にあるMacBook Proの作業中のファイルを保存してシャットダウンする。持ち帰る資料等はリュックに詰めこみ、夜が明けたらいつでも帰れるよう支度をする。
それにしてもあと3日は頑張りたかった。
その理由は、寒空はだか師匠のライブが、ここH県M市から東京に帰る途中のH県H市で3日後にあるからなのだ。第二次遠距離介護ツアーでは、介護をしにH県M市に来る前にK府K市で途中下車して、寒空はだか師匠のライブを楽しんだのだが、今回の第三次遠距離介護ツアーは介護の後に途中下車してライブを楽しもうと密かに計画を立てていたのである。
しかしあと3日間も実家に滞在する元気は、今のボクにはない。
ああ、それにしても寒空はだか師匠のライブに行きたかったなァ。
今回の遠距離介護ツアーの教訓は、介護とお笑いライブは両立しない…ではなくて、やっぱりライブは介護の前にかぎる!なのだった。
いや、そもそも介護とライブの組み合わせ自体が間違っているような気がしないでもない。
第63話につづく
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2017年12月15日

第61話「第三次遠距離介護まとめ」

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約二週間に渡った第三次遠距離介護ツアーも、介護認定訪問調査立ち会い、介護事業所との打ち合わせ、金融機関巡り、必要な支払い、各種手続き等々ほぼ片付き、終わりに近付いた。
あとは目につく細々とした雑事をこなすだけだ。
そんなこんなで、今回の第三次遠距離介護ツアーの反省をしてみる。
まずは全体の総括。
約二ヶ月前の第二次遠距離介護ツアーとの大きな違いは、父ハム夫くん(92歳)と母チコちゃん(86歳)の、生活の質の低下、Quality of Lifeとは略称QOLってやつだ。
以前は、二人を遠くから見守ればよかったが、今回は常に二人に目配りしつつ、後を追いかけ手助けしなければいけない場面が増えた。
母チコちゃん(86歳)はますます時間を超越するようになり、冷蔵庫の中は期限切れの食品だらけだ。
父ハム夫くん(92歳)は空間も超越するようになり、ゴミを集積場に持って行かずに、近くに住む親戚のS子さんの畑に穴を掘って埋める姿を何度も目撃されている。
周囲のハラハラをよそに二人はケロッとしている。
ある意味、時空を超えて生きる父母は悟った禅僧のような境地かもしれない。
禅問答のような会話を、何度も何度も何度も…しても倦む事はない。
しかし、同じことをきく繰り返しに耐えられないこちらは悟れない。
自分の人間としての器の小ささを実感する。介護とは修行なのか。
そんなこちらの気持ちは全く気にせず、母チコちゃん(86歳)は、父ハム夫くん(92歳)を介護している気になっている。
例えると、以前は小学高学年の母チコちゃん(86歳)が、小学低学年父ハム夫くん(92歳)の世話をしているイメージだったが、今は小学低学年の母チコちゃん(86歳)が、幼稚園年長の父ハム夫くん(92歳)の面倒をみている感じだ。
今後は、幼児の母チコちゃん(86歳)が、乳児の父ハム夫くん(92歳)を介護するような流れになるのだろうか。あれこれ考えても仕方がないので、今は保留しておく。
第三次遠距離介護ツアーの新しい試みで一番の失敗は耳栓。
耳の遠い二人の爆音テレビ音対策用に持参したのだがあまり役に立たなかった。やっぱり100円ショップの耳栓じゃダメだったか。
MacBook Proを持参して仕事をする作戦は、まぁまぁ成功した、とはいっても、当初予定した2割くらいしか進行しなかったのは反省点だ。
と、反省点をメモっていたら母チコちゃん(86歳)が、先日の自分の誕生日の話を何度もし始めた。ハッピーバースデーの歌で、最後の名前の前に出て来る歌詞の意味がわからないというのだ。おそらくdearチコちゃんの部分のことだろう。発音と意味を教えてやったら「イヤー♪チコちゃん」だと思っていたと嬉しそうに言うのだった。ハッピーニューイヤーと混同していたのかも。横で父ハム夫くん(92歳)も、この会話が理解出来たのかどうかは不明だがニコニコしている。
まぁいろいろあったが、本人たちが全然悩んでいないんだから、遠距離介護者のボクがあれこれ反省したり悩んでもしょうがないなと考え、これ以上第三次遠距離介護の総括と反省なんてしないことにした。
第62話につづく
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